こんにちは!レモネードアイスクリームです。
「あしたの内村!!」にみやぞんが地元の魅力を猛アピールしていました。
みやぞんはいつもニコニコ笑っていて、天然キャラと人柄の良さが人気ですね。
そんなみやぞんは東京都足立区の出身ですが、家の割れた窓ガラスを直せず粘着テープを貼っていたほど、みやぞんの家は極貧生活だったそうです。
みやぞんが幼少期から高校卒業までどんな生活を送っていたのか、またみやぞんを育てたお母さんはどんな人なのかも調べてみることにしました。
みやぞんの実家
みやぞんの実家は足立区にあり、かつて畑や廃品工場だらけで、掘っ立て小屋や古い木造建築が多かったエリアにあります。
みやぞん一家の住まいは都営団地で、20年ほど前に建て替えて綺麗になりましたが、昔はおんぼろ。
数年前まで、この家から電車で仕事に通っていました
みやぞんはこの都営団地の6畳間で、母と姉4人とみやぞんの6人で暮らしていました。
母は早くに離婚し、地元でスナックを経営するものの、近所の住人によれば20人ほど入れる店内はいつも人がまばらでした。
女手一つで、5人の子どもを育てるのには、苦労が絶えなかったようです。
6畳で6人で暮らすのは、かなり窮屈な生活が想像できますね。
超貧乏エピソード
①母のおもてなし
みやぞんが小学生の頃に、友達が自宅に遊びに来た時のことです。
母親が「ご馳走」として振る舞ったのは、一玉丸ごとの茹でキャベツでした。それが母にとって最大限のおもてなしでした。
子どもは時に残酷で、ひとりまた一人と友達が去っていくなか、最後まで残っていたのが、1歳の頃から幼馴染みだった現在の相方・あらぽんだったそうです。
②お誕生日ケーキ
お誕生日ケーキも大皿に山盛りのほうれん草のおひたし。
その真ん中にローソクが並んでいる。
それが母特製の「バースデーケーキ」でした。
お金がない中でも母の愛を感じられますね。
みやぞんが懐かしい思い出として語るエピソードです。
③シャバシャバカレー
切ないエピソードはまだあります。
家族6人分のカレーに使われるルーは、たったの一かけらでした。
具材はじゃがいもだけのこともあり、肉が入ることは稀だったそうです。
幼いみやぞんは、シャバシャバカレーをそんなものだと思って食べていました。
④ペットはネジの「ランラン」
ある日お姉さんがこっそり飼っているというペットを見せてくれたそうです。
その箱の中には座布団のようなものが敷いてあり、そこには『ネジ』がありました。
お姉さんは「ランラン」と名前を付けて可愛がっていたそうです。
その後お姉さんは「ランラン結婚したんだよ」とネジにナットを付けて嬉しそうでした。
みやぞんは子供ながらにも、「うちは貧乏なんだなぁ」と悟ったようです。
みやぞんの高校時代
中学になり自身の身体能力に目を付けられたみやぞんは、都立荒川商業高校野球部の監督に誘われて高校へ進学することになります。
晴れて野球部に入部するも、練習用のユニフォームやスパイクを買うお金がなく、母は自分の指輪を質に入れて工面したのだそうです。
これで頑張らないわけがないみやぞんは、高校1年生からエースで4番として活躍します。
甲子園の夢は叶わなかったけれども、高校3年生の夏には地区予選の4回戦まで進んだそうです。
野球部の試合に母が持たせてくれた2段重ねの弁当は、上段が白ご飯、下段が輪切りのトマトでした。
そんな生活を送っていたからこそ、みやぞんはブレイクを果たした今でも、収録時に弁当が余っていると必ず持って帰るということです。
みやぞんのお母さんってどんな人?
そんな暮らしの中でも、みやぞんのお母さんはおおらかで明るい人なのです。
みやぞんが国語のテストで0点を取った時にも、みやぞんのお母さんはこう励ましました。
「0点か~、大丈夫! 元気で楽しく生きてくれればそれだけでいいんだからね!」
叱るでも心配するでもなく、
「元気で丈夫に生まれてきたことだけでとても幸せなのに、子どもたちに何かを求めたりするのは違うと思いました」
とお母さんは語っていました。
そんな子育てができるみやぞんのお母さんは、とてもおおらかで素敵ですね。
みやぞんのおおらかで優しい性格は、きっとそんなお母さんの影響なのでしょう。
電気・ガスが止められた時には、お母さんがライターの明かりで絵本を読み聞かせてくれたそうです。
といっても絵本は自作のもので、桃太郎の話を聞かせていたといいます。
お母さんの桃太郎の動物にはイルカも出てきたりして、オリジナリティあふれるお話なんだとか。
どんな時でも明るく振る舞い、子どもたちを楽しませていたようですね。
「命さえあればどうにかなる! なるようになる! と、楽天的な考えもあり、泣いて暮らしても貧乏、笑って暮らしても貧乏なら、いつも笑顔で笑って楽しく生きていったほうがいい!」
そう考えていたようです。
まとめ
みやぞんの実家や貧乏エピソード、お母さんの人柄について調べてみたことをまとめてみました。
・母、姉4人、みやぞんの一家6人で、6畳間に住んでいた
・母は早くに離婚し、スナック経営をしながら女手ひとつで5人の子供を育てた
・バースデーケーキは、山盛りのほうれん草のおひたしにろうそくを立てていた
・「泣いて暮らしても貧乏、笑って暮らしても貧乏なら、いつも笑顔で笑って楽しく生きていったほうがいい!」という考えの持ち主
みやぞんもよくこう言ってます。
「どんな時も明るく楽しくやるぞーやるぞーやるぞー! 」
みやぞんの明るさや人柄の良さは、きっとそんな素敵なお母さんゆずりなのでしょうね。
これからもみやぞんの活躍を応援しています!
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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